「あっ、オーギョーチかぁ」
夏の暑さを感じ始めると思い出す出来事がある。
それは、約20年前、台湾旅行での一幕での事。
貴重な文化財や情緒ある街並みを堪能し、観光でくたくたになった私に、現地の案内人が買ってきてくれたもの。
それは台湾の名物、オーギョーチだった。
台湾にのみ自生する貴重な植物を原料に作られた、冷たいゼリー状の夏菓子だ。

しかし、優しい笑顔で差し出されたそれに、私は手を伸ばせなかった。
美味しくないのに……と思ってしまったから。
実は、既に日本のチェーン店で食べたことがあったし、そのときは「蜂蜜が入ったレモンシロップがどうしても合わない」と強く感じ、苦手な味だったのだ。
しかしながら、せっかくの好意を無碍にも出来ない。もごもごと上手く言葉を見つけられずにいた私に、案内人は困惑の表情を浮かべた。
「苦手ですか?」
「いや…まあ」
「実はこれ、よくあるレモンシロップじゃなくて普通のシロップなんですけど……、
私はレモンシロップが苦手なので。
でも、この方が味はシンプルだと思います。よろしかったらどうぞ」
レモンシロップでないのなら、もしかしたらいけるかもしれない。いや、ぜひ挑戦してみたい。そう思った。
お礼を言って一口すくう。
「…………!」
ビックリするほど美味しく、身体に染み渡っていく。さらに、食感も日本で食べたものとは全然違う。トゥルンとしていて柔らかく、少し弾力がある。
それは、初めて味わうものだった。オーギョーチ自体は味も匂いもなく、シロップがほど良い甘さで、しかもしっかりと冷えていた。
夜でも湿度をともなった空気がべったりと肌にまとわりつく台湾の気候にぴったりだと感じた。
私は自然と笑顔になって、案内人に話しかけた。
「とても美味しいですね!」
「でしょう?」
結局私は、オーギョーチを一気に食べてしまった。
その僅かの間に、暑かった台湾の夜市の印象がガラリと変わる。
清々しい、と感じたのだ。
観光で失った気力が復活し、背筋が伸びるような気さえした。
こうして、たった一度食しただけのオーギョーチが、20年も私の記憶の中に残っている。
日本に帰国して以来、その味には巡り会っていない。
そして毎年夏が来ると、私は台湾の夜市を、その湿度とオーギョーチの爽やかな味を思い出す。
何故か郷愁さえ感じさせる、異国の思い出である。
2021.7.24
Produced by Akiyo